毎日毎日面白いことなんておきません。

旦那が昨日から有給消化に入った。1ヶ月ずっと家にいるらしい…恐ろしい。私の心配はもっぱらお昼ご飯。あぁ面倒くさい…旦那が納豆を食べられないことが本当に痛い。お昼ご飯なんて、納豆一択なのに。

私はいま産休中だからずっと家にいる。家での一人の時間に慣れてしまった。こうして文章を書いたり、常備菜をつくったり、撮りためたサスペンスをみたり、なかなか忙しいので、あっという間に夕方になる。
私は一人で過ごすこの時間が全く平気なのだ。

しかし旦那は有給2日目にしてもうすでに、時間を余らせている。つまり、退屈そうなのだ。そしてそれを“絶対に私も退屈であろう”というテイで話をしてくるのがムカつくのだ。なぜそう見える?

もしそう見えるとしたら、貴方が横でウロウロして退屈構ってオーラをぷんぷんだすから、私は集中して文章もかけないし、常備菜も作れないし、サスペンスだって見られないのだ。貴方のせい!
結果、私も退屈そうに見えているのかもしれない。だが、決して退屈ではないのだ。気がついてほしい。

思い出してみれば、父もそうだった。定年退職した直後は大変だった。「退屈だ、退屈だ、何か楽しいことはないか。」そういつも母に言っていた。結婚してからずっと専業主婦だった母は私以上に1人の時間を楽しめている人だったから、ストレスもより強かっただろう。「そんな毎日毎日面白いことなんておきません!」と言っていたな。その通り、おきやしない。逆にそんな事件続きの毎日なんて魅力的だと思っているのだろうか。

旦那も父も、「どこか行ってくれば?」というと行かないのだ。「カフェに一緒に行く?」と言えば喜んでついてくる。カフェに行きたいわけじゃない、“一緒に”がポイントなだけだ。なぜ1人でいけないのだ…本でも持って、2時間でも3時間でも行っていればいいじゃないか…。

この生活が一ヶ月続くと思うと…少し気が滅入る…。来月からは新しい仕事で、きっとヘロヘロになるだろうから、今くらいゆっくりするのも良いのだろうが、優しくしてあげられない。ごめんね…。

世の中は夫が定年退職してからの離婚も多いようだが、ちょっぴり気持ちもわかる。
あぁ長い一ヶ月…まだ2日目…明日のご飯はどうしよう。